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あさがおぞうし
朝顔草紙
山本 周五郎
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1938(昭和13)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,019 字 · 29 页
琴の音は哀調を含んで、咽ぶように、訴えるように断続している。信太郎は我にもなく、惹かれるようにその部屋の障子外へ行って佇んだ。歌声は嫋々と起って、
うらめしのわが縁
薄雪の契りか消えにし
人の形見とて――
それを歌うたびに、信太郎を想って泣いたという悲しい唄である。
涙ばかりや残るらん……
と聞きも果てず、つきあげてくる涙を抑えかねて、信太郎はくくと喉を鳴らし、両手で面を蔽いながら嗚咽を忍んだ。その時、琴の音がはたと止んで、
「――そこに誰かいやるか」と小雪の声がした。
「信太郎でござる」「ああ――」
小雪の驚く気配がして「どうぞお入り遊ばしませ、取散らして居りますけれど……」「いや晩うござるから失礼致します。通りかかりに琴の音をうかがったものですから、思わずお騒がせ仕った。どうぞお赦し下さい」「いいえ却ってお恥しゅう存じます」小雪の声は、心なしかうるんでいた。
「――お入り遊ばしませぬか」「忝うござるが、また明日にでも」「左様でござりますか、ではこのまま失礼を……」「――御免」
強く惹かれる気持を抑え、そこを離れて廊下のかどまで来ると、後に障子の開く音がした。