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ほんじょみぞれがし
本所霙河岸
山本 周五郎
「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,115 字 · 24 页
を願います」
松枝はただ頷いた。
省吾の物腰態度、言葉つきまでがらりと変った様子に、相手の心を計り兼ねて、乙女の胸は深い疑惑の渦に巻込まれたまま身動きならぬ感じだった。
省吾は向直って、
「横井、改めて貴公に礼を云う」
とやはり静かな声で云った。「三年の約束で出た修業が五年に延び、留守中はなにかと貴公一人の世話を煩わした、篤く礼を云う」
「恐縮だ、貴公の他行中に先生は御不慮なことに遭われ、留守を預った拙者実に申訳がない」
「あの夜貴公は向島の植松に泊っていたと聞いたが」
「左様、例年の野試合のあと、お許しを得て門人どもと年忘れの酒宴を催した。拙者も酒はならぬが、強いられて二三杯重ねたのが悪く利いて、早くから別間で寝込んでしまった、――使の者の知らせで驚いて駆けつけたが、……とうとうあの始末で――」
「ではあの夜、誰も道場へは帰らなかったのだな」
「拙者だけでも帰っていたらと、今になっても残念に耐えない」
省吾は頷いて、
「拙者もいま一年、いや半年早く帰って来たかった。そうすればこんな――いや! 修業してきた腕を見て頂けたものを、なによりそれが残念だ。……横井、せめて御霊前に修業の御報告を申上げたいと思う、ひと手立合ってもらえまいか」