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ほんじょみぞれがし

本所霙河岸

山本 周五郎

「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,115 字 · 24 页

青空文庫

「きさまはみんなの寝鎮るのを待って植松を脱出し、先生を斬って火を放ったのだ、そのとき兼元に眼をつけたのが悪運の尽きだったんだ。他の刀ならまだしも、この兼元だけは持出してはいけなかったんだぞ」

省吾は足を放した、

「起て、起て千之助!」

「…………」

「先生の御霊前だぞ、お嬢さまも門人たちも見ている、できるならその木剣で身の耻を雪いでみい!」

「くそっ」

喉も裂けるような叫びとともに、千之助はがばとはね起きざま打込んだ。――省吾は二歩、三歩と退きながら、

「なまくら、それで西脇道場の代師範と云えるか、来い! 命賭けで来るんだ」

「うぬ!」

だっと床が鳴った、必死必殺の突きである、疾風のように襲いかかったが、省吾は軽く右に躱し、さっと木剣をのめる相手の後頭部へ入れた。――突いて行った体勢のまま、千之助は前のめりに顛倒したきり絶命してしまった。

人々はただ茫然と息をのんだ。

松枝は震える胸をかたく抱緊めながら、燃えるような双眸で省吾の姿を見上げていた。宝暦九年二月十二日のことである。