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ほんじょみぞれがし

本所霙河岸

山本 周五郎

「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,115 字 · 24 页

青空文庫

川面を吹いて来る風は肌を刺すようだ、庄兵衛は北詰橋の袂まで来ると、浪人者の脇へ廻していた手を外しながら、

「秋山先生、これはまあどうなすったというのです」

と声を励まして云った。

「佐渡屋だったな、……面目ない」

「面目ないではございません、御修業に出たまま五年というもの音も沙汰もなく、今になってこんなお姿で帰っていらっしゃるなんていったい……どうなすったんです」

「じつに、なんとも、面目ない」

「あなたは御存じないだろうが、去年の十二月はじめ道場から自火が出て、大先生はお気の毒にも焼死をなすってしまいましたぜ」

「うん、その話も、帰って来て聞いたよ、だが。……横井がいたので、道場も立派に建ったし、門人も殖えたようだし、先生も地下でさぞ――悦んでいらっしゃるだろう」

「道場が建って門人衆が殖えたら、それで先生はお悦びなさるとおっしゃるんですか。冗談じゃない、私はただお出入りのしがねえ道具屋だが、大先生には別懇にして頂いてました、佐渡屋にだけは話すとおっしゃって、膝を割ったお話もたびたび伺っています。――秋山先生」

庄兵衛は低く力を籠めて云った、

「大先生はね、あなたが立派に御修業を果して帰っていらっしゃるのを、ただそれだけを待っておいでなすったんですよ、――大先生ばかりじゃあありません、お嬢さまだって」