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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,724 字 · 355 页

青空文庫

「一心橋を渡らないで帰ることにするわ。少しまわり道をすればいいんだから。」

「逃げてさえいりゃあ、いいという気なんだな。」

「だって、それよりほかにないでしょう。」

次郎はだまって朝顔の鉢に眼をやった。しぼんだ花が、だらりと、つるにくっついているのが、いやに彼の気持をいらだたせた。すると、

「次郎さんが女でしたら、どうなさる?――」

と、敏子が微笑しながら、

「あたし、やっぱりそっと逃げている方が一番いいと思いますけれど。」

敏子の言葉つきには、道江と同じ意味のことを言うにしても、どことはなしに知性的なひらめきがあった。次郎には、それがはっきり感じられた。それだけに、彼の道江に対する腹立たしさは一層つのるのであった。彼はいかにも不服そうに、しばらく敏子の顔を見つめていたが、

「僕は、女にも、もっと戦う気持があっていいと思うんです。」

「戦う気持なら、そりゃあ女にだってあるわ。」

「じゃあ、戦えばいいんでしょう。逃げてばかりいないで。」

「だって――」

と、今度は道江が眉根をよせて、

「あたし、そんなこと出来ないわ。」

「どうして?」

「どうしてって、負けることわかっているじゃありませんか。