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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,724 字 · 355 页

青空文庫

「本田ア、ちょっとここまで来い。」

次郎は、しかし、立ちあがらなかった。立ちあがる代りに眼をそらした。

「おうい、本田ア――」

もう一度少佐が叫んだ。

「僕ですか。」

と、次郎は、はじめて気がついたような顔をして、少佐を見た。

「そうだ。ここでいいんだ。ちょっと来い。」

少佐はあごの先で窓下の地べたを指した。次郎はやっと腰をあげたが、いかにも無精らしくのそのそと歩き出した。

「呼ばれたら、いつも駈走だ。」

次郎が窓下に来ると、少佐は叱るように言ったが、すぐ笑顔になり、

「どうしてあんなところに一人でねころんでいたんだ。」

「ねむたかったからです。」

「ひるねか、ふうむ。」

と、少佐は上眼をつかい、まぶたをぱちぱちさせた。それから急に真顔になり、

「どうだ、感想は?」

「感想って何です。」

「掲示を見たんだろう、朝倉先生の。」

「見ません。」

「見ない?」

「ええ見ません。」

少佐はちょっと考えていたが、

「どうして見ないんだ。朝倉先生の退職の辞令が出たんだぜ。」

「わかっているんです。」

次郎の声は、いくぶんふるえていた。

「そうか、ふうむ――」

と、少佐はまた上眼をつかい、しばらくまぶたをぱちぱちさせていたが、急に窓わくに頬杖をつき、声をひそめて言った。