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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,724 字 · 355 页
次郎は、道江の顔に自分の視線をひきつけられた瞬間から、次第にそうしたせつない恋の世界に自分の心がさそいこまれて行くのを感じた。運命は、彼の魂のよりどころであった朝倉先生を彼から奪いとったその日に、そして、永い間彼が情熱を傾けて来た学窓生活から彼を逐い出そうとおびやかしはじめたその日に、彼にはっきりと恋を意識させ、しかもその恋の空しいことを意識させたのである。
次郎の視線は力なく道江の顔をはなれた。彼はその視線を一たんは恭一の方に向けかえようとしたが、それは、彼自身でも意識しない心の底のある波動にさまたげられて、畳の上に落ちてしまった。
「次郎さん、やけになったりしちゃあつまりませんわ。お父さんに早くご相談なすったらどう?……ねえ、恭一さん。」
道江が、まだぬれている眼を恭一の方に向けながら言った。
恭一は、しかし、道江には答えないで、しばらく考えたあと、次郎に言った。
「どうだい、父さんにお願いして、今日のうちに曾根少佐のうちに行ってもらっては。」
「曾根少佐のうちに? 父さんが? 何しに行くんだい。」
「あやまりにさ。」
「ばかいってらあ。」
次郎はどなりつけるように言って、鋭い眼を恭一にむけた。