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ぶしゅうこうひわ

武州公秘話

谷崎 潤一郎

01 武州公秘話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页

青空文庫

いったい日本の歴史的人物の肖像畫は、男性を写す場合にはよく個性的特長を捉えて、その人となりを髣髴たらしめている傑作が多いが、女性の肖像畫は概して類型的で、或る一時代の理想とする美人の雛型を描いているに過ぎない。今此の夫人の像を見るに、目鼻立ちの整然とした麗人には違いないけれども、此の時代に於ける他の大名の夫人の像と比較して、これと云う差別が認められない。即ち此の像を、細川忠興夫人の像としても、別所長治夫人のそれとしても、見る者の印象にさしたる相違がありそうにも思われない。

斯かる類型的な美人の顔には、常に一種の青白い冷やかさが伴う。此の夫人の容貌もやはりそうであって、ところ/″\剥げかゝった、色の褪めた胡粉の塗ってある頬のあたりを視つめると、圓顔の、ゆったりとした肉づきにも拘わらず、全く生気を缺いている。彫刻的な、高い鼻もそうである。取り分けその眼は切れが長く、非常に細く、威厳のある眼瞼の下に針のように冴えている瞳は、上品な聡明さを示すと共に、何かしら一脈の寒さを覚えさせる。蓋しあの頃の大名の奥方は、所謂「北の方」であって光線の乏しい御殿の奥の間に垂れこめつゝ単調な日々を送っていたのであろうから、誰も彼もこんな類型的な表情になったかも知れない。