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ぶしゅうこうひわ

武州公秘話

谷崎 潤一郎

01 武州公秘話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页

青空文庫

人に見せなかったのみならず、自分でも見ないようにした。それにはどうするかと云うと、厠の下に深い縦坑が掘ってあって、彼女が死ぬと永久にその坑を埋めてしまうのである。蓋し糞便の処置方法として此のくらい高雅な仕掛けはない。蛾の翅を無数に積み重ねてその上へ固形物を落し、落ちると同時にそれが翅の中へもぐり込んでしまうように造ったと云う倪雲林の厠なぞも、贅沢さに驚かされるけれども、掃除人夫にさえ見せないで済ます点では、到底前者の奥床しさに及ぶべくもない。かの平安朝の宮廷の美女は、色好みの平中を魅惑するために丁子の実で自分の排泄物を模造した逸話があるではないか。かりそめにも上※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)と云われる者にはそのくらいな嗜みがあったのである。それに比べると現代の水洗式装置などは、清潔で衛生の趣意にはかなっているけれども、誰よりも自分がまざ/\とそれを見せられることになるので、無躾な、人の居ない時にでも礼儀と云うものがあることを忘れた、浅ましい考案だと云わなければならない。

しかしそう云う縦坑は貴族の夫人か姫君のものに限られていたし、此の奥御殿ではまだ姫君は二歳であったから、それを使っている人は一人しかいない筈である。