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ぶしゅうこうひわ
武州公秘話
谷崎 潤一郎
01 武州公秘話
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页
されば桔梗の方も、城中に於いて四季の祝宴や、猿楽、田楽、その他武藝や遊藝の催し物のあった折などに、幾度か侍臣の列に連なる此の青年の頼もしそうな人品骨柄を、―――「あれこそ武勇の誉れの高い河内介でございます」とお附きの者に教えられて、御簾の奥から覗いていたに違いない。河内介もそれは豫期していたことだけれども、しかし夫人の今の一言は彼を此の上もない栄光に包んだ。自分と云うものが特に夫人に記憶されていたことが分ると、此の幸福な初対面の感激が一層強められるのであった。
「恐れながら、わたくし、お味方に参ったのでござります」
彼は夫人の今の言葉が言外に洩らしている疑問を受けて、何より先に彼女の信頼を得ようと焦りながら、一生懸命な、熱情の籠った口調でつゞけた。
「お味方、………お味方でござります。恐れながら此のお文のことを、………的場図書殿のお役を、………私に仰せつけ下さりませ」
彼が「的場図書」の名を云った途端に、
「あ」
と云う声がふるえを帯びて発せられたが、直ぐに平静を取り返した夫人は、
「その文をお見せ」
と、努めて物柔かに云って、河内介が直訴状の如く差し出している密書を受け取ると、乏しい窓の明りの方へ向けながらそれを一と通りあらためた上で懐に入れた。