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ぶしゅうこうひわ
武州公秘話
谷崎 潤一郎
01 武州公秘話
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页
告げてから、程なく二人が臥戸へ引き取ったのは亥の刻を過ぎていた。それから暫く織部正はいつものように夫人を愛撫したことであったが、和歌を肴に飲んだのが思いの外利いて来て、可なり正体がなくなっていたから、ひとしお執拗く掻き口説いたり、甘っ垂れたり、有頂天になったりした。で、最後には、これもいつもの癖で、身も魂も蕩けたようにそのまゝ睡りに落ちるのであるが、やがて四半時も立つと、必ず一度眼をさまして小用を足しに行くのである。その晩も彼は真夜中頃にふっと起き上って、夫人の睡りを破らないように静かに次の間へ来ると、そこに控えていたお春が心得て雪洞に明りを移し、先に立って廊下へ出た。彼の厠は夫人の厠とは別の方角にあって、長い廊下を一直線に五六間ばかり行き、左へ曲って、又もう一つ右へ曲る。その、右へ曲ってからの二三間の畳廊下が一番真っ暗で、片側が壁、片側が庭に面する障子と間平戸になっていた。織部正は酒ともう一つの歓楽と、両方の酔いがまださめきらぬ薄寝惚けた足取りでそこへ来たときに、間平戸の外の縁側に雨がびしょ/\と叩きつける音を聞いたので、
「まら止まないな、よく降ることらのう」