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ぶしゅうこうひわ
武州公秘話
谷崎 潤一郎
01 武州公秘話
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页
残念なことには、此の時の則重以下の詠草が記録されていないけれども、どうせ禄な歌なんか一つもなかったに相違ない。「道阿弥話」には桔梗の方の左の一首のみが伝えられている。
図
橘の香をなつかしみほとゝぎす
花散る里をたづね来よかし
此の歌は源氏物語花散里の巻に見える光源氏の歌、―――
橘の香をなつかしみほとゝぎす
花散る里をたづねてぞ訪ふ
に基いたもので、僅かに下の四字を置き換えたゞけである。源氏の場合は、「まづ女御の御方にてむかしのおんものがたりなどきこえたまふに夜更けにけり、二十日の月さしいづるほどにいとゞ木高きかけどもこぐらうみえわたりて、近きたちばなの薫りなつかしくにほひて、女御のおんけはひねびにたれどあくまで用意あり、あてにらうたげなり、すぐれて華やかなるおんおぼえこそなかりしか、むつまじうなつかしきかたにはおぼしたりしものをなど、おもひいで聞えたまふにつけても」とあって、光源氏が麗景殿の女御の許を訪れて昔語りをするところで此の歌を詠む。女御のおん返し、
人目なく荒れたるやどは橘の
花こそ軒のつまとなりけれ
とある。しかし桔梗の方の歌はこれらの故事とは関係がない。