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ぶしゅうこうひわ
武州公秘話
谷崎 潤一郎
01 武州公秘話
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页
しかし読者は、此の時の夫人が十五歳の少女であったことを考えて欲しい。加之彼女がそう云う過ちを犯す迄には、夫の思慮深い、ずっと前から計畫して段々とそこへ誘い込むようにした策略があったことを見逃してはならない。
河内介は、恐らく道阿弥と云う滑稽なお茶坊主の存在を始めて知った時から、その胸中に一つのたくらみを浮かべたのであろう。彼は先ず冷淡であった己れの態度を一変して松雪院に馴れ親しみ、次に道阿弥を引っ張って来て彼女や女中たちの心を得るように仕向けさせた。が、それらはすべて「首装束の稽古」と云う場面に漕ぎ付ける手段であったかと思われる。殊に道阿弥に女首の真似をさせ、松雪院をそゝのかしてその右の耳に穴を穿たせ、夫婦が蚊帳の中にあってそれを眺めながら睦言を交したと云う夜の戯れこそは、彼が初めから抱いていた終極の目的だったであろう。即ち彼はそう云う風にして、牡鹿山の城を去って以来常に妄想にばかり描いていた光景を実現したのである。云い換えれば、道阿弥を織部正則重に擬し、松雪院を桔梗の方に擬して、初恋の人と別れてからの悶々の情を晴らしたのである。
それにしても、松雪院が一時にもせよ道阿弥を苦しめることに快味を感じ、彼女に似げないむごたらしい戯れに耽ったのは、導くに手段を以てすればどんな婦人でも残忍を喜ぶようになる素質が、―