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ぶしゅうこうひわ

武州公秘話

谷崎 潤一郎

01 武州公秘話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页

青空文庫

それで最初、筑摩将監が発向する時、多聞山へ使者を立てゝ敵の背後を衝くようにと云う命令を伝えたのであったが、武州公はそれを体よく断ってしまった。公の申し状は、「某の家は父輝国以来筑摩殿の恩顧を蒙つてゐるから、唯今の場合粉骨を盡すのが本意だけれども、難儀なことには、曾祖父の代から一向宗に帰依してゐるので、分けて檜垣の衆とは特別な間柄になつてゐる。されば筑摩家とは父子二代の縁故、一向宗とは曾祖父より四代の縁故があるので、強ひて孰方かへ味方をせよと云はれゝば、寧ろ檜垣へ附かねばならない。併しながらそれは素より某の好む所でないから、何卒両方へ義理が済むやうに局外に立たせて戴きたい」と云うのであったが、恐らくそんなことは口実に過ぎなかったであろう。牡鹿山では密書の件があるものだから頻りに馬場氏の方を気にして、檜垣の騒動も和泉守が操っているように疑っていたけれども、馬場氏は何等此の叛乱に関係したような形跡がないので、その実怪しいのは武州公であった。公の局外中立と云うのは甚だ眉唾物であって、蔭で檜垣衆の尻押しをしていたらしいことは、大体間違いがないのである。公は檜垣衆から加勢を申し込まれても、最初の一二回は、矢張板挟みの苦衷を訴えて婉曲に拒否する風を装ったが、その後も頻々と求援の使者が来るに及び、遂に仮面をかなぐり捨て