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ぶしゅうこうひわ

武州公秘話

谷崎 潤一郎

01 武州公秘話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页

青空文庫

公は豫め、城の案内を知った青木主膳に一隊を授けて、いち早く奥御殿へ駈けつけるように旨をふくめておいたので、それが猛火をくゞりつゝ丁度よい時に救援に来た。同時に公が忍び込んだ地下道の方からも、五六人の小姓共が公の跡を追いながら、ひとかたまりになって闖入した。

図

「殿! 何事も某にお任せなされい」

公がそう云って立ち上ると、それを合図に主膳の兵は音もなく則重の左右に迫った。そして、滑稽にして悲惨なる此の場面の主人公の腕を抑え、脚を抑えて、庭から裏山づたいに、間道の方へ運び出した。

されば、桔梗の方も此の時一緒に救い出されたことは云う迄もない。しかしその真相を知っていた者は、当時奥御殿へ駈けつけた少数の兵があるのみで、檜垣衆も、横輪勢も、又武州公の麾下の大部分も、織部正夫妻は焼け死んでしまったものと信じていた。「道阿弥話」の伝えるところでは、そのゝち則重と北の方とは密かに多聞山の城中に移され、三の谷の奥に新たにしつらえた御殿に押し籠められていたので、家中の者共はその御殿のことを「三の谷殿」と呼んでいたが、誰あって御殿の主を知る者はなく、公が夜更けており/\そこへ通うことも、道阿弥その他側近の者が心得ていたばかりであると云う。