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ぶしゅうこうひわ

武州公秘話

谷崎 潤一郎

01 武州公秘話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页

青空文庫

図

法師丸の寝所は、前にも云うように女子供に侵入されて、誰彼の差別もなく並んで寝るような始末であったが、それでも此の少年の寝床だけは、一番上座に衝立で区切りがしてあって、その衝立の内側に、彼と青木主膳とが眠るのであった。しかし都合のよいことには、部屋が廣い上に燈明が一つぼんやり燈っているだけで、衝立の此方側は濃い闇になっていたから、主膳がちょっと寝惚け眼を開けたくらいでは、法師丸の寝床が空になっているのが分る筈がない。第一、此の頃の主膳は晝間の働きに疲れ切っているらしく、倒れたら最後高鼾をかいてぐっすり眠り通すのである。尤もそれは主膳ばかりではなかった。交代で夜を警しめている武士以外は、皆死んだように熟睡するので、晝間の騒擾と活動が激しければ激しい程、夜は無気味に静かになる。法師丸はそのしーんとした闇の中で、夜着を被って、まんじりとせずに息を凝らしていると、やがて老女の足音がして、衝立の戸をほと/\と叩いた。

「どっち?」

少年は、主膳の寝床の裾の方を廻って、そうっと衝立の外へ出た。

「こちら」

と、老女が一と言云って、頤で部屋の出口を指した。そして、すぐ先に立って歩き出したらしく、衣ずれの音がおだやかな海に打ち寄せる波のように、さあッ、さあッ、と、一定の間隔を置いて、際立って耳についた。