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ぶしゅうこうひわ
武州公秘話
谷崎 潤一郎
01 武州公秘話
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页
何かたくみがあるのではないか、危険な罠へ落し込まれて行くのではないか。―――だが、彼はすぐにその怯懦な考えを耻じた。老女の顔がへんに凄いのは、夜の明りのせいだ。外に何も原因はない。それだのに危険を想像するのは、臆病蟲に憑かれたと云うものだ。そう思うと、そんな疑念をほんの一時でも抱いたことに自尊心を傷けられた。
「これをお召し下さいまし」
廊下の突きあたりへ来たときに、遣戸を音を立てぬようにごそ/\と開けて、自分が先に庭に下りると、老女はふところから草履を出して、それを法師丸の前にそろえた。
かゞり火の炎が強かったので今迄は分らなかったが、外には十三四日頃の月が冴えていた。その月の光が、白い漆喰壁の多い附近の建物に反射して、地上をひときわ明るくしている。老女は、その白壁が幾つにも屈曲している面に添うて蔭と月光とがだんだらに入り交った間を、やゝ急ぎ足に歩いた。そして、一と棟の土蔵のような建物の前へ来ると、そこの戸を開けて、法師丸を手招きしながら、
「こちらでございますよ」
と云った。
法師丸は、その建物なら覚えがあった。中は武具などを入れる倉庫になっていて、上に、低い屋根裏のような二階がある。