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みとばいふ

水戸梅譜

山本 周五郎

「芸能文化」1942(昭和17)年11月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,607 字 · 25 页

青空文庫

母親は二十六七であろうか、眉つきの凛とした顔だちで、きわめて貧しいみなりにも拘らず、身構えのどこやら、いぶしをかけたような落着いた気品がにじみでている。その前にいる少年は八歳あまりの、まだ育ちざかりではあるが、日にやけた健康そうな手足をもっていた。眉のあたりの母親によく似ているのが年よりはおとなびてみえ、ひきむすんだ唇許は意志のつよさと気質のはげしさを示していた。

遠くから響いてくる鐘の音は、ながく余韻をひいて六つをうち終ると、かすかに野分の蕭々たるかなたへ消えていった。その余韻の消えつくすまで、身をかたくしてじっと聴いていた母親はやがてしずかに、「小次郎お支度をなおしましょう、こちらへおいで」そう云って立ちあがった。おそらくは野守りでも住んでいたものであろう、屋根も朽ち壁も崩れている家の、ひと間きりしかない落漠たる部屋のかた隅で、母親はつつましくその子に着替えをさせた。木綿ではあるが紋付だった。袴をつけ脇差をささせた。それが済むと、かたちばかりの仏壇に燈明をあげ、瓶子と土器をととのえ、自分も衣紋をただしてわが子と共に仏前へ坐った。

「小次郎、あなたはいまから五百旗のあるじです、いまから水戸中納言さまの御家来ですよ」