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どろぼうとわかとの
泥棒と若殿
山本 周五郎
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,601 字 · 41 页
ときおり百姓とか猟人とか樵などにやつして、まわりをうろうろする者があるが、それは滝沢一派の監視者たちで、そのなかには成信の命をちぢめる役を受持った人間もいるのである。
三年まえに此処へ幽閉されるまで、成信は江戸の京橋木挽町にある中屋敷にいた。彼は大炊頭成豊の二男に生れ、成豊の側室である生母とともに、ずっと中屋敷で育った。
大炊頭はいちど大坂城代で五年ちかく江戸を留守にしたが、その他のときは寺社奉行とか、若年寄とか、勘定奉行とか老中などとかいうぐあいに、重職の席からはなれることが少なく、参覲のいとまで領地へ帰るのもごく稀であった。――そういう多忙なためでもあろう、成信は二十歳になるまで数えるほどしか父に会っていない。また丸の内にある上屋敷には、長男の成武のほかに女姉妹が三人いて、兄とは定日には挨拶にゆくので話しもしたが、姉や妹たちは名まえを聞くだけで顔を見たこともなかった。
成信は十五の年に他家から養子にのぞまれた、殆どまとまりかかったらしいが、父の成豊がどうしても承知せず、その後も二、三そういうはなしがあったのに、みんな断わったそうである。――これが思わぬ紛争の原因になったわけだが、成信としては、自分をはなさないのは父が自分を愛しているからだと思い、ひじょうに感動したことをおぼえている。