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わたしのりれきしょ

私の履歴書

井上 貞治郎

――放浪の末、段ボールを思いつく

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,380 字 · 69 页

青空文庫

士官はアーメンとつぶやくように口の中で祈っていたが、やがて自分の名刺を出してその裏に「本所花町箱舟屋」と書いた。『この木賃宿へいけば、悪いようにはしないはずです』私はただちに士官に教えられた通り箱舟屋を訪れたが、案に相違して剣もほろろのあいさつである。しょんぼりとそこを出たが、私には行先がない。疲れ切ってとぼとぼ歩くうち、出てきたのは上野広小路の教会の前である。私はわれを忘れて教会へはいっていき、信徒にまぎれて後方の席へ腰をおろした。そうして慰めの愛の言葉も聞きたかったが、それよりも足の疲れをいやしたかった。だるい。もういうことをきかぬほど、私の足は疲れ切っている。初めのうちは説教も耳にはいったが、綿のような疲労が全身をひきずり込むようで、いつかぐっすりと眠りこけてしまった。

どのくらいたったか私は無情にもたたき起こされた。賛美歌の声に送られながら私は再び夜の町に追い出されたのである。四月には珍しい寒い夜だった。空には星がたくさんまたたいていた。仕事を選り好みするときではない。私は本所清水町十七番地の桜井つけ物店で働かしてもらうことにした。

仕事というのは背中に桜の印のある古はっぴを着て、天びん棒をかつぎ、たくあん、福神づけ、からしづけなどを売り歩くのである。