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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

ずっと脇のほうである、当人の姿は見えないが、叫び声はなお続いた。

「斬りゃあがった、畜生、あの野郎」

孝之助は強く頭を振った。頭がくらくらすると、視線が不安に乱れる。枯れた草の色が揺れ、すぐ向うにいる三人の姿が、その草の色に紛れこむようにみえた。

「それだけはよせ」八束の声がした、「――木屋徳、そいつはあんまりだ」

以上のことは、ごく短い時間のことだった。おそらく五拍子ばかりの出来ごとだったろう、孝之助は辛くも立った。まだ眼の焦点が合わなかった。しかし、踏み込んで来た一人を躱し、他の一人に(刀を返して)みね打をくれ、よろめきながら、大きく脇のほうへ足場をひろげた。

もう一度、さらに一度、首を振り、眼をみひらいた。大雲寺の森が見え、草原の広さがやや判然としてきた。すると初めて、怒りがこみあげてきた。うしろから石を投げられたことが、その卑劣さよりも、侮辱感で彼を忿怒させた。

子分の二人は、もうどちらも、満足にはたらくことはできないだろう。木屋徳が左にいた。それを眼尻で見て、孝之助はまっすぐに、岡村八束へ刀をつけた。

「こんな下賤な人間の」舌が粘った、「――助けを借りなければ、はたし合も、できないのか」