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ちくはくき
竹柏記
山本 周五郎
「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页
藩侯の使う御殿とはべつに、三棟の建物があり、そのなかの、隠居所ふうに造った一棟が、叔母の住居だった。叔母は独りで住んでいた。もっとも隣りの棟に女中たちがいるし、御殿の棟には、古くからこの山荘を預かっている中村忠蔵老人と、二人の番士がいた。裏のほうには植木番の足軽やお庭職人などの小屋もあるが、叔母の住居へは、必要のない限り、誰も近づくことが許されなかった。
木戸まで案内された孝之助が、そこから内庭へ入ってゆくと、障子をあけた部屋の、縁側ちかく膳を据えて、叔母が独りで酒を飲んでいた。髪を洗ったものか、まだ艶つやと黒い豊かな毛をひと束ねにして背へ垂れ、片方の膝を立てて、盃を持った手をゆったりとその膝がしらに載せている。小柄なひき緊った躯に、藍染の単衣を着、そのうえに派手な、たづな染の羽折を重ねていたが、……絹張りの行燈の光りに照らしだされたその姿は、下町ふうの粋にくだけた感じで、孝之助はちょっと戸惑いをした。
まだ九月中旬だというのに、土地が高いのと、まわりに樹が多いためだろう、空気はしんと肌寒いほど冷えて、風もないのに、しきりと落葉が舞っていた。
「しばらくでございました、お使いを下さいましたそうで」