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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

孝之助は少しうるさくなってきた。

「いったいそんなことを、誰から聞いたのだ」

「笠井のあね(義姉)に聞きました」

笠井鉄馬はその年の三月に結婚していた。相手は浜田主殿という者の娘で、名をおぬひといい、三年まえから婚約ができていた。おぬひの病気で延びていたところ、ようやく医者の許しが出て、式を挙げたのであった。

「――では笠井も知っているのか」

「あねが実家から聞いたのだそうで、浜田でも外聞の悪い思いをしていると申したそうでございます」

これを聞きながら、孝之助はふと八束のことを思いだした。

――江戸へいったら借財を返す。

彼はそう云った。むろん、彼が御用商人と結託して、不正に費消した公金を、孝之助が用立てて始末した金である。こちらはもともと返して貰うつもりはなかったし「貸し金」などというものとはおよそ種類が違う。

――だがもし八束が話したとすると。

それも不正の事実は除いて、単に、借りた金を弁済しなければならぬ、というふうにでも云ったとすると、聞いた者の口から、歪曲されて伝わったと、考えられないことはない。少なくとも八束との関係以外に、そんな噂の出る原因はないのである。