轻松读懂日语经典作品
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こうばいつきげ
紅梅月毛
山本 周五郎
「富士」大日本雄辯會講談社 、1944(昭和19)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,869 字 · 32 页
「生えぬきの博労でもあれほどはできまい」そう云いあいながら、しぜんとこの家の席を譲るかたちで、いつか深谷家の生活は阿市主従と牡丹を中心に動くようになっていった。馬の世話をするときのほかは、美しく着替えた阿市の姿が庭を往来した。娘らしい華やかな声で、なにか命じたり笑ったりするのが終日たえない、どこともなしに香料の匂いが漂い、月の澄んだ宵などには琴の音が聞えたりする。三人の家士たちもなんとはなく気に張りがでたようすで、起ち居が眼だってきた。……こうした変化のなかで和助兄妹だけが、とり残されたかたちだった。病馬を裏の厩へ移してから、お梶は一日じゅうそちらで暮した。前庭のほうで賑やかに話したり笑ったりするのが聞えると、かの女は耳を掩いたいという風に眉をひそめ、唇を噛みながら独りひっそりと病馬の背を撫でている、そしていつかしら口の重い、笑うことの少ない娘になっていった。
徳川家の祝儀というのが公表されたのはその年三月上旬のことだった。予期したとおり、家康が隠居して秀忠が世を継ぐのである、そして将軍宣下が秀忠にくだったのは四月十七日のことだった。徳川譜代の人々のよろこびは云うまでもない、恩顧外様の諸侯も京の二条城と伏見の城へ、ひきもきらず祝賀のために詰めかけた。