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こうばいつきげ

紅梅月毛

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社 、1944(昭和19)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,869 字 · 32 页

青空文庫

「怒るだろう」半之丞は頷いて云った、「怒るのがあたりまえだ、おれが悪かったのだから」「まあ、旦那さま……」「おれは」と云いさして、半之丞はつと馬の鬣へ手を伸ばした、馬は甘えるような声をだして首をすりつけた。「おれはこの馬へ乗ってやりたかった」としばらくしてかれは呟くように続けた、「毛並の色も褪せ、重荷の稼ぎに傷つき痩せた、みじめなこれの姿をみたとき、おれは一生の晴れに御前の馬場が踏ませてやりたかった、勝敗はどうでもよい、一代誉れの競べ馬に花を咲かせてやりたかったのだ」心にしみいるような調子だったので、お梶は思わず半之丞をふり仰いだ、かれは眼に泪を湛えながら云った。

「これは紅梅月毛なんだ」とかれは云った、「関ヶ原の戦にそれたまま、行方の知れなかったあの馬だ、こんなみじめな姿にはなったがおれにはひと眼でわかった、これは幾戦場おれを乗せて戦ったあの紅梅月毛なんだ」お梶は大きく瞠った眼で半之丞を見あげた。……今にして思い当る、はじめて伴れて来られたとき、この馬は半之丞を見ると訴えるように嘶いたり、さも懐かしそうに首をすりつけたりした、お梶はただ嫉ましいと思って見ていたけれど、あれは五年ぶりで会うことのできた主人への愛情の訴えだった、言葉をもたぬ馬の精いっぱいの愛情の表現だったのだ。