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おちばいき

落ち梅記

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,748 字 · 61 页

青空文庫

「これでこっちのものです」良石は愁眉をひらいたという口ぶりで云った、「――心臓のお丈夫なのが味方でした、間もなくものも仰しゃれるようになるでしょう」

金之助は初めて母の許へ使者を出した。父に付いていた家士をやって、危機を越したということだけを伝えたのである。

城下から富田準石という医師が来ると、いれちがいに良石は江戸へ立っていった。それから中二日おいて母が来た、そのときは左手が少し動くようになっていて、夜具の上になにかしきりに字を書いてみせた。なにを書くのか指がたどたどしくてわからないし、医者がそばから止めるので、助左衛門は肚立たしげに眉をしかめては首を振った。――母が来て七日ほど経ったとき、城下から二人の老臣が見舞いに来た。家老格の松崎頼母、平川佐太夫という者で、病人と人払いの対談を求めた。医者はまだ無理であると拒んだが、かれらは「急を要する公用だから」と、医者の制止など耳にもかけず、病室へはいってみんな座を外すようにと要求した。

――こんな口もきけない病人となにを話すつもりだろう。

金之助には不審だったが、公用というのであればやむを得ない、母も医者も共に控えのほうへ遠慮した。