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おちばいき

落ち梅記

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,748 字 · 61 页

青空文庫

二

そう云って静かに座へ戻り、霞むような笑顔をあげてこちらを見た。

二

おねだりとはなんですと、金之助がもういちどきいた。由利江はちょっと羞かんだように首を傾げ、じつはあの手鏡を頂きたいのですと云った。

「――あの手鏡……というと」

金之助は即座にはわからず、問い返すように由利江を見たが、そのときその意味がわかって思わず笑った。

「これは驚いた、あれを覚えていたんですか」

「それは忘れは致しませんわ、もっと大きくなってから頂きますって、あのときちゃんとお約束したのですもの、――下さいますのでしょう」

「むろんさしあげますよ」

私のほうは忘れていたがと云って、金之助は立って地袋を明け、鏡箱をとり出してそこへ差出した。由利江は両手でそれを持ち、ふと感慨ありげな表情になって、しなやかに長い美しい指で、箱の表をそっと撫でた。

そうだ、あれから六年たっている。

金之助もそう思い、十二歳の幼い姿といま眼の前に見るあでやかなむすめ姿とのあいだに、過ぎ去った時の足音を聞くかのような、遙かにあまやかな感動を覚えるのだった。

「それからおねだりのもう一つは」と、由利江はこちらへ眼をあげた、「明後日の午すぎに法顕寺へいらしって頂きたいのですけれど」