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おちばいき

落ち梅記

山本 周五郎

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1949(昭和24)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,748 字 · 61 页

青空文庫

金之助がそう云うと、由利江はふいに両手で面を掩い、耐えかねたように噎びあげた。そして抑えても抑えてもこみあげてくる嗚咽のなかで、とぎれとぎれに云いだした。

「公郷はたいそう苦しみました」

「――――」

「次席家老を仰せつけられましたときは、ようやく世に出られる、これからやり直しだ、そう云って悦んでおりました、酒もぴったりやめました、――そのうち、七月はじめでございましょうか、奉行目付支配という重いお役を兼ねることになり、お召しをうけて江戸へまいりました」

雨がしきりに庇を打っている。しみいるように寒ざむとした音だ。金之助はその雨の音からなにかを聞きとろうとでもするように、腕組みをしてじっと耳を澄ましていた。

「新しいお役目は、こんどのお裁きのために設けられたそうで、公郷はなにも知らずにお受けしたのでございます、――そして若殿さまから、御旨意を詳しく承りましたとき、……そのお裁きの仔細を伺いましたとき、公郷は、――御辞退を願い出ました、――私には勤まりかねます、他の者に仰せつけられますように、こう繰り返しお願い申したのでございます」

金之助はくっと眉をしかめた、しかしなにも云わなかった。