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ふとん

蒲団

田山 花袋

「新小説」春陽堂書店、1909(明治40)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,870 字 · 90 页

青空文庫

「今度のこそ、芳子さんですよ」

と姉は言った。

果してその足音が家の入口の前に留って、がらがらと格子が開く。

「芳子さん?」

「ええ」

と艶やかな声がする。

玄関から丈の高い庇髪の美しい姿がすっと入って来たが、

「あら、まア、先生!」

と声を立てた。その声には驚愕と当惑の調子が十分に籠っていた。

「大変遅くなって……」と言って、座敷と居間との間の閾の処に来て、半ば坐って、ちらりと電光のように時雄の顔色を窺ったが、すぐ紫の袱紗に何か包んだものを出して、黙って姉の方に押遣った。

「何ですか……お土産? いつもお気の毒ね?」

「いいえ、私も召上るんですもの」

と芳子は快活に言った。そして次の間へ行こうとしたのを、無理に洋燈の明るい眩しい居間の一隅に坐らせた。美しい姿、当世流の庇髪、派手なネルにオリイヴ色の夏帯を形よく緊めて、少し斜に坐った艶やかさ。時雄はその姿と相対して、一種状すべからざる満足を胸に感じ、今までの煩悶と苦痛とを半ば忘れて了った。有力な敵があっても、その恋人をだに占領すれば、それで心の安まるのは恋する者の常態である。

「大変に遅くなって了って……」

いかにも遣瀬ないというように微かに弁解した。