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ふとん

蒲団

田山 花袋

「新小説」春陽堂書店、1909(明治40)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,870 字 · 90 页

青空文庫

「芳子さん」

返事が無い。

傍に行って又呼ぶと、芳子は青い神経性の顔を擡げた。

「奥で呼んでいますよ」

「でもね、奥さん、私はどうして父に逢われるでしょう」

泣いているのだ。

「だッて、父様に久し振じゃありませんか。どうせ逢わないわけには行かんのですもの。何アにそんな心配をすることはありませんよ、大丈夫ですよ」

「だッて、奥さん」

「本当に大丈夫ですから、しっかりなさいよ、よくあなたの心を父様にお話しなさいよ。本当に大丈夫ですよ」

芳子は遂に父親の前に出た。鬚多く、威厳のある中に何処となく優しいところのある懐かしい顔を見ると、芳子は涙の漲るのを禁め得なかった。旧式な頑固な爺、若いものの心などの解らぬ爺、それでもこの父は優しい父であった。母親は万事に気が附いて、よく面倒を見てくれたけれど、何故か芳子には母よりもこの父の方が好かった。その身の今の窮迫を訴え、泣いてこの恋の真面目なのを訴えたら父親もよもや動かされぬことはあるまいと思った。

「芳子、暫くじゃッたのう……体は丈夫かの?」

「お父さま……」芳子は後を言い得なかった。

「今度来ます時に……」と父親は傍に坐っている時雄に語った。