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ふとん

蒲団

田山 花袋

「新小説」春陽堂書店、1909(明治40)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,870 字 · 90 页

青空文庫

「それはそうでしょう」

「何時ですか、お話下されますまいか」

「どうも今の場合、お話することは出来ませんナ」

「それでは一寸でも……芳さんに逢わせて頂く訳には参りますまいか」

「それは駄目でしょう」

「では、お父様は何方へお泊りですか、一寸番地をうかがいたいですが」

「それも僕には教えて好いか悪いか解らんですから」

取附く島がない。田中は黙って暫し坐っていたが、そのまま辞儀をして去った。

昼飯の膳がやがて八畳に並んだ。これがお別れだと云うので、細君は殊に注意して酒肴を揃えた。時雄も別れのしるしに、三人相並んで会食しようとしたのである。けれど芳子はどうしても食べたくないという。細君が説勧めても来ない。時雄は自身二階に上った。

東の窓を一枚明けたばかり、暗い一室には本やら、雑誌やら、着物やら、帯やら、罎やら、行李やら、支那鞄やらが足の踏み度も無い程に散らばっていて、塵埃の香が夥しく鼻を衝く中に、芳子は眼を泣腫して荷物の整理を為ていた。三年前、青春の希望湧くがごとき心を抱いて東京に出て来た時のさまに比べて、何等の悲惨、何等の暗黒であろう。すぐれた作品一つ得ず、こうして田舎に帰る運命かと思うと、堪らなく悲しくならずにはいられまい。