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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
それは、やっぱり彼が劇場へ芙蓉の芝居を見に行った帰りがけのことであるが、芝居がはねて、木戸口を出た彼は、嘗つての夜の思出に刺戟されたのであったか、ふと芙蓉の素顔が垣間見たくなったので、闇と群集にまぎれて、ソッと楽屋口の方へ廻って見たのである。
建物の角を曲って、楽屋口の階段の見通せる所へ、ヒョイと出た時である。彼は意外なものを発見して、再び建物の蔭に身を隠さねばならなかった。というのは、そこの楽屋口の人だかりの内に、かの池内光太郎の見なれた姿が立混っていたからである。
探偵の真似をして、先方に見つけられぬ様に用心しながら、じっと見ていると、ややたって、楽屋口から芙蓉が降りて来たが、案の定、池内は彼女を迎える様にして、立話をしている。云うまでもなく、うしろに待たせた自動車にのせて、彼女をどこかへ連れて行く積りらしいのだ。
柾木愛造は、先夜の芙蓉のそぶりを見て、池内と彼女の間柄が、相当深く進んでいることを、想像はしていたけれど、目の当り彼等の親しい様子を見せつけられては、今更らの様に、烈しい嫉妬を感じないではいられなかった。それを眺めている内に、彼の秘密好きな性癖がさせた業であったか、咄嗟の間に、彼は池内等のあとを尾行してやろうと決心した。