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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
「僕は柾木愛造じゃないんだからね。そんな話はちとお門違いだろうぜ」
ある夜のひそひそ話の中では、池内がふとそんなことを云い出すのが聞えた。
「ハハハハハハ、全くだわ。あんたは話せないけど可愛い可愛い人。柾木さんは話せるけど、虫酸の走る人。それでいいんでしょ。あんなお人好しの、でくの坊に惚れる奴があると思って。ハハハハハハハハ」
芙蓉の低いけれど、傍若無人な笑い声が、錐の様に、柾木の胸をつき抜いて行った。その笑い声は、いつかの晩の自動車の中でのそれと、全く同じものであった。柾木にとっては、無慈悲な意地悪な厚さの知れぬ壁としか考えられない所のものであった。
彼の立聞きを少しも気附かないで、ほしいままに彼を噂する二人の言葉から、柾木は、やっぱり彼がこの世の除けもので、全く独りぼっちな異人種であることを、愈々痛感しないではいられなかった。俺は人種が違うのだ。だから、こういう卑劣な唾棄すべき行為が、却って俺にはふさわしいのだ。この世の罪悪も俺にとっては罪悪ではない。俺の様な生物は、この外にやって行き様がないのだ。彼は段々そんな事を考える様になった。
一方、彼の芙蓉に対する恋慕の情は、立聞きや隙見が度重なれば重なる程、息も絶え絶えに燃え盛って行った。