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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

触って見ると、肉が豆腐みたいに柔くて、既に死後強直が解けていることが分った。だが、そんなことよりも、もっと彼を撃ったのは、芙蓉の全身に現われた、おびただしい屍斑であった。不規則な円形を為した、鉛色の紋々が、まるで奇怪な模様みたいに、彼女の身体中を覆っていた。

幾億とも知れぬ極微なる蟲共は、いつ殖えるともなく、いつ動くともなく、まるで時計の針の様に正確に、着々と彼等の領土を侵蝕して行った。彼等の極微に比して、その侵蝕力は、実に驚くべき速さだった。しかも、人は彼等の暴力を目前に眺めながら、どうする事も出来ぬのだ。手をつかねて傍観する外はないのだ。一度恋人を葬むる機会を失したばかりに、生体に幾倍する死体の魅力を知り初め、痛ましくも地獄の恋に陥った柾木愛造は、その代償として、彼の目の前で、いとしい恋人の五体が戦慄すべき極微物の為に、徐々にしかも間違いなく、蝕まれて行く姿を、拱手して見守らなければならなかった。恋人の為に死力を尽して戦いたいのだ。だが、彼等の恐るべき作業はまざまざと目に見えていながら、しかも、戦うべき相手がないのだ。嘗てこの世に、これほどの大苦痛が存在したであろうか。