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ひょうしゃくかんにんき
評釈勘忍記
山本 周五郎
「新読物」公友社、1947(昭和22)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,889 字 · 36 页
「――しゅんに向う」千蔵は相手を見た、「木登りにしゅんがあるか」
「御存じないんですね」こう云って吉木多左衛門は更に膝を乗出した、「御存じなければお教えしますがね、木登りは夏から冬がしゅんで面白いんですよ」
「少し考えよう、――」
千蔵は手を振りながら今日はもういいと退らせた。世の中がいかに多くの艱難に満ちているか、生きることがいかに困難な味気ないものであるか今こそ身にしみて千蔵に了解された。彼は厳粛になり人生に頭を垂れた、今こそ彼は、「世間なるもの」の定価は、千蔵にとって恐ろしく高いものについたのである。
宇野家から中秋名月の招待を取消して来たのはその翌々日のことであった、「雨になりそうだから」という理由であるが、当日は朝から晴れて終夜皓々たる名月が眺められた。尤も千蔵は眺めた訳ではない、彼はその日城を下るとき、本丸の桝形の処で知らない人間にぎゅっと油を絞られた、向うから来た三人伴れとすれ違うとたん、「待て」と大きく呼止められた、振返ると三人がぐるっと取囲んで、「いまおれの刀へ鞘当てをしたがなにか遺恨があるのか」と云う、こっちはまるで覚えがなかったが、相手は喧嘩にする積りらしいので謝った。