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ひょうしゃくかんにんき

評釈勘忍記

山本 周五郎

「新読物」公友社、1947(昭和22)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,889 字 · 36 页

青空文庫

六

にも拘らず数日のあいだなにを見ても子之八に見え、耳の中では蛇だの相門院さまだの井田典九郎だの瀬戸物の卵だのが「しぇーん、しぇーん」と唸ったり叫んだりし続け、夜もおちおち眠れないくらいであった。

千蔵を取巻く家中の状態はその前後からはっきりし始めた。彼等は確認したのである、江戸屋敷に庄司千蔵という暴れ者がいる、短気で手が早くて恐ろしく喧嘩に強い、こんどそいつが来るそうだからみんな気をつけろ、こう噂をしていた当人が、現に来て四五十日経つのに喧嘩のけの字も見せない。小当りに当ってみても温順の如く鄭重に、或いは鄭重の如く温順に受流す許りで、短気なところなど爪の尖ほどもみつからなかった。

「あの評判は嘘っぱちさ、大丈夫まるで腰の抜けた猫だよ」

家中の観察はこのように廻れ右をしたのであった。

六

水練にも速足にも背負投げをくった千蔵は、中秋名月の数日まえに木登組を打診してみた、こんどは小頭を避けて、奥野兵衛という温和しそうな組下の者を呼んで話した。

「私がですか」兵衛は眼を瞠り、「私が木登りを――あの子供がやっているあいつを」こう云って急に屠場へ牽かれる羊のような声をだした、「お願いですそれだけは勘弁して下さい、私はもう三十七歳で妻もあれば、子供の六人もある人間ですから」