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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

しかし、腕のある人が、正しい道をふんで富を積むのが、何で悪かろう。自分に云わせると、貧乏はそれ自体悪で、富裕は善だ。第一、金に屈托がないと、楽々と学問に専念することが出来る。それに、何よりいい事は、誰の前に出ても、平生通りの気持で応対が出来ることだ。貧乏でいたころは、どうもそうは行かなかったようだ。)

彼は、数年前までの、苦しかった時代のことを思い出して、何度も首を横にふった。

(あの頃は、貴人や長者の前に出ると、変にぎごちなく振舞ったものだ。むろんそれは、自分の貧乏ッたらしい姿を恥じたからではない。そんな事を恥じるほど弱い自分でもなかったようだ。その点では、子路にだって負けないだけの自信を、自分もたしかに持っていた。ただ、自分は、少しでも相手に媚びると思われたくなかったのだ。貧乏は仕方がないとして、そのために物欲しそうな顔付をしているように見られたら、それこそおしまいだし、かといって、礼を失するような傲慢な真似も出来ないので、つい物腰がぎごちなくならざるを得なかつたのだ。今から考えると不思議のようだが、貧乏という事実がそうさせたのだから仕方がない。