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てつのしょじょ

鉄の処女

大倉 燁子

「踊る影絵」柳香書院、1935(昭和10)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,706 字 · 42 页

青空文庫

その後に、伯爵家執事の談として、

『奥様はお出先からお帰りになります時は、必ず前もってお電話を下さることになって居りました。そしてお邸からはお迎えの自動車を停車場まで廻しますのに、昨夜にかぎって、突然、しかも夜更けてお帰宅遊ばし、いきなり御重体におなりになりましたので、私共はただもう夢のようで、どうしても奥様はお亡くなり遊ばしたような気がいたしませんのでございます』

更に玄関へ出迎えた小間使の談として、

『後になって考えますと、お玄関のベルをお押しになったのは奥様ではなく、円タクの運転手だったような気がいたします。私がお玄関の扉を開けますと同時に、黒い影が表御門の方へ走って行き、間もなく自動車の走り出す音をききました。最初奥様はお玄関をお上りになると、白い壁に添って二足三足よろよろとお歩きになり、壁につかまろうとお手をお延ばしになったまま、くずおれるようにお倒れになりました。この頃はちょいちょいと脳貧血をお起しになりますので、またかと存じたのでございます。それに御近親にご不幸があって御喪中で、御洋装の時は黒の濃いヴェールを被っていられますので、お顔色などもさっぱり分りませず、お寒い外から急にスチームの通っているお暖いお家の中にお入り遊ばしたので、めまいが遊ばしたのだろうくらいに軽く考えて居りましたのに――』