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ながやてんいちぼう

長屋天一坊

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页

青空文庫

こうずけずけ判り切ったことを云われては、彼女の同情者の立場にある演者としては困る。が、長屋の独身男子たちは、演者よりも困ったらしい。

どんなに遊蕩心に燃えている男でも彼女の血走ってぎらぎら光る眼や、厚く捲れあがった赤い大きな濡れた唇や、妖気を発する程の逞しい躰躯や、そうして早くも火のように呼吸を荒くするさまを見るといかほど強烈に燃えている遊蕩心もかき消え、瞬時にして老僧の如く身内が冷えるという、かれらはおわきの好意を謝し、あわただしくも破れ財布をばはたいて、明朝の飯の代が無くとも、とりいそぎ店賃を払うのであった。

「おいよ、店賃は貰ったよ、貰ったからにゃあただ帰っちゃ済むめえ、朝まであ時刻もたっぷりあるから、ひとつゆっくりと」

「いや、そ、そいつあ待って、そいつだけは」

「遠慮はいらねえということよ、大家と店子は他人じゃあねえんだ、おら水臭えこたあ嫌えだから、ひとつざっくばらんに」

「まあ待って、ちょ、ちょいと待って呉んねえ、大家と店子は他人じゃねえかもしれねえが、世間じゃあ大家は親、店子は子と云うくれえで、親子の仲でそんな事をすりゃあ畜生だと云われるし、ま、とにかくそれに、今夜はおらあ草臥れて、このままぶっ倒れて眠りてえんだから、まあ今夜のところは、このとおり」