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ながやてんいちぼう

長屋天一坊

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页

青空文庫

臼は、彼女個人はどうであったかという、……これは誇張すると思われては困るわけだが、その当日から髪を武家風に結い、武家風の着物に武家風の帯を締め、武家風化粧をし言語動作もそれらしく振舞うに到った。実例を挙げるならば、店賃を取りに行くばあい、彼女の帯には矢立のほかに懐剣が差してあるのである。そうして店子に向っては、上方から見下す必要上、背丈が低いために、やむなく半身を後方へ反らせ、眼の玉のみ下方へ向けて、而うした饐えたような声で云うのである。

「これこれ紙屑屋宇平、店賃をありていに出しましょうぞ、早うこれへ、早う早う」

または路地内で住人にゆき会うばあい、彼女は大抵の人間が吃驚するほど反り返る、信じられない程度まで反って、そうして寛容に微笑しながら、頭部でこくりと頷いて云う。

「おお、にちにち大儀じゃのう」

長屋住人たちとしては、狂気の沙汰と誤解した。色けちの「色」なるものが、頭を冒したと思ったもので、幾らかは痛快がったとしても、これは暗愚な俗人共のことであるから、やむを得ないと思う。

が、或る日、吾助から長屋代表の寄合を求められ、過般の厳秘なるところの実態を打明けられたとき初めてかれらは仰天したわけである。