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ゆきやなぎ

雪柳

泉 鏡花

「中央公論 第五十二年第十三號」1937(昭和12)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,054 字 · 90 页

青空文庫

「遁すなよ。」

という声がする。

「追え、追え。」

「娑婆へ出た。」

と口々に、式台へ、ぱらぱらと女たち。

門外へ足がのびた。

「手桶では持重りがして手間を取る、椀、椀、椀。」

といった……ここは書きとりにくい。魔界の猫邸であるのに、犬の声に聞えます。が、白脛か、前脚か、緋縮緬を蹴て、高飛びに追かけたお転婆な若いのが、

「のばした、叶わぬ。」

と、その椀を、うしろから投げつけたのが、空を足掻く馬の踵に当ると、生ぬるい水がざぶりとかかった。

生命拾を、いや、人間びろいをしたのであるが、家に帰って、草鞋を脱ぎ、足を洗う時心づくと、いやな気味の水のかかった処に、もさもさ黒い毛が生えていた。剃っても削っても、一夜のうちに湧いてのびる。……のみならず、当分は、

「椀。」

と一言いうさえ、口を塞いで、顔の色を変えた。「不思議にも浅間しく人々にも見せ申したり。馬五郎に心安ければ目のあたりこれを見る。なかなか浮きたる事にはあらず。」というのであります。

浮きたる事にも、飛んだる事にも、馬を鹿に、というさえあるに、猫にしようとした……魔魅の振舞も沙汰過ぎる。聞くからに荒唐無稽である。