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わたしのしごと しょうこうのしごと
青帛の仙女
上村 松園
上村松園『青帛の仙女』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私の仕事 松篁の仕事、わが母を語る、明治懐顧、昔尊く、古い記憶を辿って、芙蓉の花にも似た美しい楊貴妃を、冷かされた桃割娘、日本画と線、土田さんの芸術、栖鳳先生を憶う、随想、三味線の胴、今日になるまで、芸術三昧即信仰、砧、北穂天狗の思い出、寛政時代の娘納涼風俗、女の顔、想い出、帯の巾が広すぎる、大田垣蓮月尼のこと、絵筆に描き残す亡びゆく美しさ。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,693 字 · 68 页
今日になるまで
私は明治八年四月二十三日四条通り御幸町西へ行った所に生まれました。父はこの年の二月既に歿して、私は二十六歳の母の胎内で父の弔いを見送りました。
明治十五年四月、八つで小学校六級に入学しました。草履袋をさげ石盤と石筆を風呂敷に包んで通学したものでした。
その頃習ったものは修礼(お作法)手芸が主なものでした。私は絵が好きで、いつも石盤に美人画を描きましたので、誰も彼も私にもと言って描くのを頼まれました。
受持は中島眞義先生で、なかなか子供の信頼がありました。先生に習うというと皆が手を打って喜んだものでした。ある年先生から、煙草盆を描きなさいと言いつけられ、それを祇園有楽館の展覧会に出品して賞に硯を頂いた事を覚えています。その硯は永年使用していましたが、もう金文字入の賞の字も磨滅して分らなくなってしまいました。
母はなかなか読書が好きでいつも貸本屋から借りた本が置いてありましたので、自然私もそれを読みました。
又綴り本を積んで家をこしらえ、作ったおやまさんを立てかけてお飾りをするのが唯一の遊びごとでした。
ところが父の始めました葉茶屋の商売を引きつづき背負って立とうとした母に、親類から種々の忠言がありました。