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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
ああうれし、行ってこう。修学旅行のかわりじゃ。」
こうなると、とめたってきく茂緒ではない。まるで磁石に吸いよせられる針のように、さっさと居場所をかえてしまったのだ。関東大震災後三年目の春だった。小さなバスケットに着がえを一組いれて、彼女は颯爽と旅立ったのである。船着場まで見おくってきた妹たちにも機嫌よく、土産を買ってくると指切りなどした。
「茂姉ちゃん、ほんな、いつ戻ってくるん?」
末の妹の小菊が別れをおしんでいうのへ、茂緒ははっきりといった。
「火曜日の晩。」
「そんなら、もう一ぺん指きりじゃ。うち、迎えに出る。」
「よし、ゆびきり。」
小菊の小さなゆびに強く小ゆびをからませて打ちふりながら、茂緒はふっと涙がつきあげてきた。このまま別れになりそうな気が、ふとしたからだった。艀にのると、春とはいえ二月はじめの夜の海風は頬をしびれさすほど冷たかった。エンジ色の毛糸のショールを頭からかぶって、茂緒は、闇の中に見えぬわが家のあたりをながめて、母との問答を思いだしていた。
――おなごの一人旅を、さす親も親じゃと笑われる……。
――勝手に飛びだしたんじゃと言やええ。