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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
――阿呆なこと。……神戸へ遊びにいったことにしとくぞい。
――そんなおていさい。東京には房次兄さんもおるじゃないか。修造さんのとこへ、遊びにいきましたと正直にゆうたってええ。うちはそうゆうて、ふれまわってやる。
――嫁入りまえの娘がそんなおうど(大胆)なことしたら、笑われるのは茂ばっかりじゃ。
――そんならわざと笑われにいくがい。房の兄やんのとこへやこ、行かん。
この、ひとりだけ毛色のちがったような娘に、母は手を焼いていたかもしれぬ。しかし、この大胆不敵に見える娘も、東京の波風の中では小鳩のようにおとなしかった。おとなしくならずにいられなかったのだ。まず、彼女の計画は東京への第一歩からぺしゃんこになった。電報を打っておいたのに、修造は出迎えにきてくれなかったのだ。東京駅のホームで一時間も待ったあげく、彼女はしおしおと房次の家へ電車でいった。房次はいず、兄嫁の澄江が怪訝な顔でむかえた。写真でみて茂緒の方は知っていたが、初対面であった。
「茂緒です。」
と、名のると、澄江は愛想笑いをしながら、とんちんかんなことをいった。
「こんなにおそく、どちらから?」