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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
」
「そう。宅のNさんもそうなのよ。帰りにここへよると思うけど。ね奥さん、お宅ご飯ない?」
「あらあ。」
「昨日から、水ばかりなのよ。」
茂緒はぽろっと涙をこぼし、
「うちもないんですの。わたしも昨日からろくに……」
扶佐子は急にげらげら笑いだし、
「ようし、あんた一銭もない?」
「一銭ぐらい、あるかしら。」
ふらふらしながら、あちこちをさがすと、勝手の棚から三銭出てきた。それをもって出ていった扶佐子は、やがて勢いづいて帰ってきた。
「さ、一つ半ずつよ。」
どんどん焼だった。こんなうまいものを、はじめて食べたような気がして、そのとき茂緒は新たな親愛を扶佐子にもった。庖丁は砥石でしかとげないと思っていた茂緒に、茶碗のいとじりで庖丁がとげることを教えてくれたのも扶佐子だった。即席の漬物のつけかたも彼女に教わった。いつも家をあけがちの行商人を親にもって、小さい時から自分の暮しに苦労を重ねてきたという扶佐子の、胃袋をみたすために湧く知恵は、いつでも茂緒をおどろかせた。
「わたしがね、物思いに沈んで、今にも身を投げそうな恰好してさ、橋にもたれていたらね、親切そうな小父さんがよってきて、五十銭くれたわ。