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ぎょもん
魚紋
吉川 英治
「冨士 臨時増刊号」1936(昭和11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,582 字 · 30 页
有卦に入るというのはこんなことだろうと独りで悦に入っていたのだ。
所が、もう梯子段で、誰か、盗み聞きしていた奴がある。それにさえ、しまったと思っていると、この二階には、まだ他に寝ていた人間があったのだ。
最初から、こういう話と知っていたなら、充分に注意をするのだったし、雨などは厭わず戸外へも出たのにと、今になって、後悔された。
『……いけねえ、煙草盆の火が消えていやがる、おい、誰かそこにいるらしいが、行燈の火を、ちょっとここへ貸してくれ』
襖の中からそんな声がした。――山岡屋が開けてみると、丹前を被って、腹這いになっている男が寝呆け眼をあげ、
『おう、山岡屋か』
と、銀歯を見せて笑った。
薊と綽名のある遊び人の芳五郎だった。――悪い奴に、と山岡屋は眉をひそめて、
『煙草の火なら、贅沢を云わずに起きて来たらどうだ』
『そうさなあ。……もう朝か』
『馬鹿を云え。夜半だ』
『夜半に、何の客だ、今帰えったなあ』
『薊』
『む? ……』
と、行燈の燈芯へ雁首を入れて、
『――いやに怖い顔をするじゃあねえか。何だい?』
『おめえは、今の話を、聞いていたな』
『そう云われて思い出した。