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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
吉川英治『鳴門秘帖(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖、鳴門秘帖。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 261,216 字 · 521 页
「じゃ、そなた、万吉という人を知りませぬか」
「存じませぬ」
「お綱という人の噂は?」
「聞いたこともございませぬ」
「では……法月弦之丞という方の御様子を、どこかで耳にしたことはないかえ?」
侍女は困った顔をして部屋の外へ目をそらした。そして、いいものを見つけたように、
「あ、今日もまた、昨日のお客様が奥で殿様をお待ちになっておりまする」
と、お千絵の気をまぎらわそうとして、
「あのお武家様おふたりは、はるばる江戸から御密談で上ったお方でございます。江戸と聞けば、お千絵様もおなつかしゅうございましょう」
と、顔をさし覗いた。
なんの意味もなく、急に涙がさしかけてきたので、お千絵は窓へ顔を逃げた。
侍女が何かの用に立ってゆくのを知った後も、そこにもたれて、この頃の癖のように、加茂の水をみつめていた。ピチ、ピチ、と小魚のはねる流れの瀞に、糺の森をこしてくる初秋の風がさざ波を立てている……。
見る心は違うが、庭向うの別室に来ているふたりの侍も、しきりと、そこから見える四明ヶ岳や、向うの河添いをゆく大原女の群れなどを珍しそうに見廻していた。
ふたりは、昨日京へ着いたばかりの、江戸町奉行の使いであった。