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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁

青空文庫

(※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)図参照)私はそれまで、そうとも知らずに描いていたのだが、そう言われて見ると、なるほど、小笠を頂いた老翁が、頂上の方に向ってやや前かがみに立ち、腰の辺に大きな袋をさげた姿……そうも見えてくるのが面白い。その人の、「袋」ということに力点を置いている話ぶりが、私の耳に残ったが、袋の中味は外ならぬ種籾であって、その袋をさげているところにこそ、まさしく種蒔きの種蒔きたる所以がこめられているわけであろう。

木曾御岳の種蒔き爺さんの挿図

しかし当時はすでに周囲の雪が大分とけて、爺さんの姿も崩れかけ、そこへ又新雪が来たりしてボヤけてもいる際であって、毎年五月の初旬、そのあらわれ始めの頃は、ハッキリといかにも生き生きして見えるということだ。

これがその年の種蒔きの時機の、確かな目安であって、その頃、即ち八十八夜の前後になると、麓のお百姓たちは、(おそらく御山を拝んだ手を額にかざして――その様子が想いやられる)、「さァ爺っさの姿が見えだしたで、そろそろ種をおろしてもよからずい……」などと、そこにあの春の農耕の一所懸命な営みが、競って始められるのだ、そういうような話も聞かせてくれた。