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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁
一 谷を思う
近年の黒部の変り果てた姿を見ては、曽遊も自分ながら夢のような気がして、ありし日の黒部いずこと、そぞろ哀感にたえぬものがある。
一 谷を思う
南の方、赤石山系を貫流して太平洋に走る大井川、それに呼応して北の方、飛騨山脈を縦断して日本海に奔下する黒部川は、相並んで日本最大最深の姉妹峡谷を形成している。
両者は共に、三千メートルを出入する、日本最高位の山岳群の間を貫通して、勾配の急な、奥深い、そして人跡稀な峡流をなすところ、その形勢ははなはだ相似ている。しかもその性格は大いに異なるものがある。彼は古生層水成岩地を分けて、力を蟠屈させる、これは主に火成岩地帯をうがって、一挙に力を迸散させる。彼は「深さ」が水平の方向にも及んでおり、これはもっぱらそれが垂直に働いている。大井は影に影を重ねて、その奥に物を蔵し、黒部は感覚がただちに深奥に徹して、衝突し、反射し、屈折する……一言にして評せば、曲線的な大井、直線的な黒部。
ひと年、大井川の幽谷をきわめた後、いよいよ強く私をひきよせたのは、実にこの黒部の峡谷であった。それまでの黒部といえば、かつて飛騨山脈の諸高峯に登った際、おりおりこの谷をうかがったことがある。