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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
線上閱讀中村 清太郎《ある偃松の独白(あるはいまつのどくはく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 頁
三 谷に入る
この茶店に腰を下ろす旅人は、ここに昔から淵の主といわれる大蛇がすんでいて、音沢村の娘が一人、そこに嫁入っている……そうした言い伝えを、茶店のおかみさんから話して聞かされるだろう。その竜女は、毎年盆には村の菩提寺へ墓参りに来る――ついぞ姿を見た者はないけれど、来たしるしには、本堂の畳がきっとぬれている……云々。
三 谷に入る
橋を渡って街道に別れ、路はいよいよ黒部の谷間に入り込む。車などもう通わない。内山のひっそりした山村が、雑木と岩石の間に埋没している。筋向うの右岸には、山腹に寄せて、あの竜女の出た音沢の村。既にここが、この大谷の最奥の山村である。これより上流には、もはや部落を作るほどの余地も、見出しがたいのだ。山人の労作が、見る限りの傾斜にほどこされてある。少しばかりの水田、小豆や粟、蕎麦などの畑、石灰を掘る坑……。たちまち道は、瀑布をかけた沢などを渡る。そんな処には、花崗岩の外、硬緻な太古紀の片岩類が、破砕されてゴロゴロしている。
すでに身はまったく、黒部川峡谷に吸い込まれる。しかし峡谷といっても、この辺はまだ、上流に比べればよほど打ち開けて、河原も広い。